ひとりのわたし

うつ病ですが わたしはわたし♪

手放す。

失望は、失望なのかもしれない。

 

ただ…挫折や絶望は、していない。

 

今すぐに希望は、持てないかもしれない。

 

だけど…いつかは癒やされると信じているのなら、自分自身を信じて前へ進めばいいです。

 

 

 

私自身、何故失望してしまったのでしょうか?

 

 

 

予測や期待が、現実とは違うから?

 

自分自身が弱すぎて、誰も守れないって知ってしまったから?

 

目の前の環境を跳ね返せず、負けてしまったから?

 

私自身が、必要じゃないって思い込んでしまったから?

 

 

 

腑に落ちないから、失望してしまったのかもしれません。

 

 

だけど、ずっと失望していたのでしょうか?

 

失望したことが大きく感じたとしても、その中には必ず楽しかったこと、嬉しかったことがあったはずです。

 

いくつもの小さな夢が、叶っていたこと。

 

本当は、勇気を持って私自身のことを話そうとしたこと。

 

何かあるたび、励ましてくれる人達や存在があること。

 

応えてみたいなと強く思った私自身。

 

厳しくも温かい…そして、優しい存在。

 

 

 

ずっと思い込んで、引きずり続けたとしても、いつかは手放さなければなりません。

 

私自身を心配してくれて、守ろうとしてくれて、ありがとう(*´꒳`*)

 

やっと、手放せそうです。

 

 

 

 

 

 

 

 

色鉛筆を手にした時から…。

2ヶ月ちょっと前、色鉛筆で色塗りをしていた時は、正直楽しかったことを、今でも覚えています。

 

決してマイナスではなく、どこか心がラクになるような楽しさを感じました。

 

心は常に変化します。

 

マイナスのようで、プラス。

 

プラスのようなマイナス。

 

捉え方は、人間(ひと)それぞれですが…

 

色塗りは、楽しいです。

 

相変わらずのベタ塗りですが、それでも前よりか集中力は、少しだけ回復している気がします。

 

最近、私自身はうつ病なのか?という心境、感覚の境目にいます。

 

感覚的な話ですが、どこかでうつ病の私自身とは、切り離れているような感覚なんです。

 

半分、過去形。半分、現在進行形…。

 

いつかまた、大波のような衝撃的出来事に遭遇して、うつ病が「こんにちは」と言うかもしれませんが、その時はまた私自身に寄り添いたいですね。

 

失望は、失望なのかもしれません。

 

ただ…全てがマイナスでもありません。

 

時間がかかったとしても、プラスなことに気付けたら、きっと生きていけるのかもしれません。

 

 

 

 

心境。

失望は、失望なのかもしれない。

 

哀しみは哀しみ、怒りは怒り、憎しみは憎しみ…。

 

私自身にだって、負の感情はあります。

 

“表現とは、何でしょう?”

 

私自身も、その時に感じた気持ちを言葉にして伝えられることもありますが、大半は気持ちと言葉がズレてしまい追いつかなくて、上手く表現できる言葉が見つからなくなり、あわあわします。

 

言葉の難しさ、語彙力、思考停止…。

 

何かを伝えたいけど、何を伝えたいのだろう?

 

何かをしてあげたいけど、何もできないことへの現実。

 

現実はこうなんだけど、色んな情報がありすぎるので、それに対して突いてしまうぐらいなら距離を置きたいです。

 

客観的に見る物事。

 

正しさは、皆それぞれ違います。

 

無念は無念で、痛みは痛みかもしれません。

 

結局、私自身は何ができるのでしょうか?

 

今は、嘆くことが最優先何でしょうか?

 

疑問は、疑問のままですか?

 

プラスとマイナスの捉え方、違う見方。

 

必要なことだから、行動しているんです。

 

失望は、失望なのかもしれない。

 

だけど…

 

まだ“絶望”はしていないでしょ?

 

 

走り書き。

ただ嘆いているだけの自分なんて、捨ててしまえばいいのに

 

あぁでもない こうでもないと考えても 自分自身は行動できていたのだろうか?

 

疑問は疑問のまま 誰かを突くのは 誰かに突かれているのと同じ

 

“いいじゃん、がんばっているのだから…”

 

開き直らないとやっていけない世の中だから

前に進もうと思います

 

いかされている間は 生命(いのち)を大切にして欲しい

 

気付かされたことは 必ず自分自身の実になる

改めての限られ。

こんにちは、久しぶりのブログ更新です。

 

このブログを読んで下さっている皆様は、お元気にしていますか?

 

私が勤めている会社でも、新型コロナウイルスの影響で、仕事量が激減してしまい、ずっと連休状態が続いています。

 

賛否両論なことが多い世の中ですが、たとえちっぽけだと思われても、今そこにある“有り難さ”を感じていけたらいいのかと思っています。

 

“当たり前は、常に変化する”

 

不安を取り除けるのは、紛れもなく自分自身です。

 

不安に襲われて、飲み込まれるか。

 

不安だけど、前に進むか。

 

今、私達が精一杯できることを探す時間なのかもしれません。

 

生命には、時間が限られています。

 

嘆いてしまうぐらいなら、どうか前に進んで欲しいです。

 

 

改めて。

会社の昼の休憩時間で、一緒にご飯を食べるグループから離れてから3日目。

 

とりあえず、近くのスーパーのイートインスペースで1人昼食をとり、あとは自由。

 

色んな人達に相談したり、一緒に食べていた人に事情を話したり…気付けば5人の人達が、今回の事情を知っている。

 

「気にしなくていいから!」と励まされ、ありがたい話だったけど、冷静に考えたら、私自身は被害者ではなく、場合によっては加害者側になる。

 

昔、ある番組で「噂話をしたら、6人目で本人の耳に入る」と言っていたので、今の現状は近い状況になる。

 

…。

 

どちらが悪いとかではなく、どちらも加害者で被害者でもある。

 

正直に言えば、悔しかった。だけど、彼女には笑っていて欲しいから、離れることにした。

 

つながりは、彼女の方が多いから。

 

多分、そんな事実を彼女は知らないし、知る理由もない。

 

今は、私自身が悪人になりたい気分です。

 

 

今日、改めて感じたこと。

今日はドタバタしたけど、新しい作業にも慣れてきました。

 

1人でモクモクと作業をこなす…。

 

いつもより早く終わったので、以前携わっていた作業をしばらくしていたが…

 

私自身の正直な本音は、すごく嫌いな作業なんだなと改めて感じてしまった。

 

以前とは違う違和感。完全に離れていたから、状況も変わっていた。

 

以前は職場の皆さんのためにって、作業をこなしていたけど、今はお互いが変に気を遣うから、正直な本音は離れていた方が、お互いのだめだと感じてしまう。

 

残業時は、自分の作業に戻ったけど、改めて嫌なものは嫌なんだと気付かされた。

 

もう以前の私自身は、いないと思う…。