改めて、世の中には色んなアプリがあります。
ずっとお気に入りのアプリもあれば、アンインストールをされて、新しいアプリとチェンジする場合もあります。
静養中、大半は自分探しをするように、色んなアプリを探して、気になればインストール。
何か違うなと感じたら、アンインストールを
ひたすら繰り返します。
最近ですが、直接相手の顔を見ないでやり取りをするアプリには、色々と相性もあるけど、それなりの“距離感”があることに気付かされました。
まるで小さな世界であり、社会ですよね。
仕事をしていた時は、そういうアプリを使わないので、ほぼやり取りがないから、コミニケーションも乏しくなります。
実際の私自身は、弾丸のようなお喋り好きですが、あえてお喋りしないようにしています。
やっぱり、“相手との距離感”がありますので。
だから、たまに痛感させられます。
実際の私自身と現実の実年齢の差に…。
10年以上もうつ病と付き合い、うつ病の世界しか知らない私自身にとっては、正直今の現実を突きつけられるたび、大きなズレを強く感じてしまいます。
多分、私自身が内心に気付いてしまい、心苦しさを感じたから、壊れたのかもしれません。
『人間勉強』って大変だ。
『人間学習』かな?